昨日、お休みでふらふらとお散歩。
川端の方へいってみました。
博多座の裏手に動物病院の看護学校があるのですが、表のガラスにペンギンの絵が書いてあってよく見ると、「ペンギンがいます」と。
へっ!まさかっっ!
いや、いるんです!ペンギンが。こんな町中に。

ガラス張りのその中には大きな水槽。大きなペンギンが気持ち良さそうに泳いでました。
小屋の前にさらに2匹。
全部で三匹のペンギンくん達。
すごく不思議で長い時間見入ってしまいました。
行き慣れたところでも、新しいことみつけることありますね!
機会があったら「ペンギン」探してみてください!
お店の庭木は山を登っていくときにある木をイメージして作っている。
馴染みはあるが、名前もよくしらない植物をこの機会に調べてみたくなったので少しづつブログで紹介していきたいと思う。
『やまぼうし』
やまぼうしは、新緑、そして深緑、初夏には白い花が咲き、秋には赤くて甘い実がなり、晩秋には紅葉するそうです。

(みずき科みずき属)で落葉樹林の中に多く生える。分布地は北海道と沖縄を除く地域。
赤い実は少し甘く食べられるそうです。
私はかなり楽しみです。花図鑑でみたら美味しそうというより、本当にたべて大丈夫なのだろうか?と半信半疑な感じでした。
去年植え付けていた春大根と早生玉葱がようやく収穫できた。
今年は春になっても寒い日が多く、なかなか成長が遅くて心配だったが、どうにか育ってくれた。

生まれて初めて自分で作った玉葱。
一時も早くフレッシュな味を味わいたくて、自宅に戻るとすぐに調理。
まずはシンプルにスライスして鰹節とポン酢でいただいてみた。

甘味があってみずみずしく、とても美味!味噌汁にしても一層甘味が出て、まろやかな味。
かなりの自画自賛(笑)だが、自然の恵みに感謝しつつとても大満足。
来月は普通の玉葱と豆類も収穫できそうなので、その後のツタンカーメンの豆の感想もお知らせします。
子供の頃からチョコレートが好きです。
もちろん飲み物ではココアとても好きです。
それで小さな頃は牛乳が苦手なわたしに母が、ココアにしてよく飲ませてくれました。

昔は甘い方が断然好きだったのですが、今はチョコレートにしてもココアにしてもカカオのパーセンテージが濃い、ちょっと苦いのが好きです。
ココアの原料はご存じの通りカカオの実。
そのカカオ、大昔に南米では薬として使われていたとか。
確かに最近だとポリフェノールの効果がいわれていたり、食物繊維が豊富だったりするじ砂糖なしだとなかなか苦いものですよね。
ココアパウダーって飲み物としてかお菓子の材料使うことしかほとんど使わないと思うんですがノンシュガーの純正ココアだと、スパイスとしてお料理とかに使ってもなかなか美味しいんです。カレーにいれたり、変わったところでは他にも沢山のスパイス入れてチキンのソースに使ったり。
甘いのあんまり得意じゃない方にもお薦めですよ。
まぁ、そうはいってもやっぱり、飲み物としてが一番好き。
これからの季節だとミントをいれたアイスココアで一息つけたらちょっと幸せかなー。
リネン(
Wikipediaでの解説)は天然素材の中では一番丈夫で吸水・速乾性に優れ殺菌作用もある衛生的な素材。
このような事からリネンは古くからヨーロッパの人々に家庭用の布として愛用されて来ました。
かすりは綿で通気性に優れ肌触りもよい事から、こちらも家庭や日常着として200年もの間、親しまれてきました。
私達がこの実用に富んだ美しい素材に親しむことは、日々の生活を慈しんできた人々の歴史に繋がります。

このかすりとリネンの組み合わせは両方使い込めば使い込むほどより柔らかくなめらかになっていきます。
それともう一つの共通点、かすりもリネンも昔は嫁入り道具として寝具などを持って行く習慣があった事。
ちょっとしたお祝いなどのプレゼントにしても喜ばれると思います。
以前から片口が好きで、我が家の食器棚には多種多様な片口が所狭しと静かに出番を待っている。
その延長で、気が付けばこのすり鉢も大中小と集まってしまった。
これは堀越のすり鉢。
山口県で昔から大きな甕やすり鉢、植木鉢などを中心に日常的なものを作っている窯だ。
昭和初期の最盛期には十数件の窯元があり、その丈夫なな日用雑器は重宝され、日本各地に盛んに出荷された。
現在では窯も一軒のみとなってしまったが、今でもしっかりと実用品を作りつづけている。
大きいすり鉢は主に白和えや飛竜頭に使うが、春には苺をそのまま盛ったりもする。

鮮やかな苺の色が映えてとても美味しそう。
小さいのはごまダレや薬味入れに、また酒器としても使える。
最近は重たい器は使いづらいと敬遠されがちだが、重たいほうが擂る時に安定感があっていい。しかも丈夫で長持ち。
色々な使い方が出来るので、とても気に入っている。
ずっしりと厚ぼったく、素朴で飾り気のないものだけど、我が家の日常生活に当たり前に溶け込んでいる。
民藝としての原点だと思う。
「服」がとにかく好きです。
着ることも、見ることも、もちろん作ることも。
アメリカンなワークウェア。
ミリタリーの機能美。
和服の無駄のない生地使いと美しい柄ゆき。
フランスのモード。
イタリアのカットワークの美しさ。
ベルギーのエッジのきいたデザイン。
最近は、あまりデザイン物を着ることが減り、どちらかと言うと着心地、肌触りとかに比重が大きくなっていたが、それでも変わったデザインの物見るとわくわくする。
先日、あるSHOPのSTAFFに「デザインもクオリティーの一部ですよね」と言われてなぜかうれしくなった。
着てて着心地よいはただ着やすいという意味だけでなく着てて楽しくなるとか嬉しくなるということでもあると改めて思った。
作る立場としても色々な意味で着心地のいい服、作っていきたい。
最近、家族や友人に知人と出産が続いている。
考えてみれば自分自身も、子供が2・3人いてもおかしくない歳なので、友人達と集まっても当然、周りにも子供たちがはしゃいでいる。
だからって訳じゃないけれど、オリジナル(かすり)で子供服つくりました。






おかあさんは必死で子供に服を着せようとし、子供はお構いなしに木のオモチャを引き店を走り回ったり組木で遊び続ける。(組み立てるのではなくばらす専門)
そんな様子がなんだか微笑ましい。
ここ数日の暖かさで紫陽花のツボミが大きく成長し、中から白い装飾花が顔をだした。

紫陽花は小学校の帰り道に植えてあった事もあり、子供の頃から馴染み深い。
調べてみると面白い内容で発見することばかりだ。
あじさいは漢字で『紫陽花』と書くがこれは漢名で和名はアズサイと呼ぶ。アズは集まること、サは真、イは藍を省略したもので『集真藍』と書く。アズサイがなまってアジサイになったそうです。
逆さまに読むと、藍色が真中に集まる。
久留米絣の藍染めの行程で、すくもを発酵させた時にできる『藍の花』を連想した。
確かに藍瓶の中の藍の花色は青紫、赤紫、濃紺とアジサイの花びらのようだ。
勝手な思い付きでますます紫陽花は身近に思う。
日本の土は酸性だそう。梅雨の頃、白から美しい青紫に変化した紫陽花が見れることだろう。
久留米絣は昭和32年、国の重要無形文化財に指定された。
条件には「手括りによる絣糸を使うこと」「純正の天然藍で染めること」「投杼の手織機で織ること」の3つの規定がある。
藍で美しく染められた糸は絣解きし、水洗い、のりづけして投杼の手織機にかける。
熟練の人でも1反を織るのに10日はかかり、初めのデザインから考えると1反が出来上がるまでに、実に1月近くの時間と労力を要する。
そしてその間には気の遠くなるような根気と熟練の技が必要とされる。

写真は手織り機で織っているところ。踏み木を足で踏みながらトントントンという力強い音が響き、どこか懐かしい感じがする。
出来上がった反物を見ていると、一生懸命作業をしながら説明してくれた機屋さんの飾り気のない笑顔が思い出された。
春眠 暁を覚えずとはよくいったもので暖かくなってからというものお昼間にも眠くなったりするので困ってしまいます。
夜もしっかり寝ているのに眠くなったりします。睡眠障害とまではいかなくても睡眠に問題をかかえてる人、結構いらっしゃるのでは?と思います。

その理由はいろいろだと思うのですが、前に聞いた話によると人間のサイクルは25時間でまわっているとか…。
それで少しづつ時間に「ずれ」がでてくるのを寝ている時に調整して、朝日を浴びることによって体をリセットさせているらしいです。
そう考えると、晴れの日より雨や曇りの日の方がなかなか目が覚めない気がします。
人間の体と日の光って密接に関わっていて冬の間、日照時間が少ない為、冬の間だけウツになる冬期ウツって病気もあるとか。
朝、なるべくたくさん光を浴びて体をちゃんとリセットしてあげて元気に一日を過ごしたいですね!
「かすり」は30以上もの工程を経て織り上げられる。
括り(防染)・染色・織りこれら工程の過程でズレがでる。
このズレが擦れて見えるので「かすり」と呼ばれるようになる。
そして、このズレこそが「かすりの美しさ」と言える。
ズレは技術が未熟だからとも言えるが、誰がやってもそうならざるを得ないことは必然。

写真のかすりは熟練の織手が織ったにも関わらずこれだけの擦れが出来る。
熟練した技術と自然の擦れが加わり日本的な「美しいかすり」が生まれる。
織手は柄がズレないように集中して織り上げるが、そのズレが「かすり」の持ち味とはおもしろいい現象。
お店の庭木に山紫陽花がある。
雨に濡れてキラキラした、まだ小さなツボミと葉っぱを見ていたら花が咲くのか楽しみだ。観察日記でもつけて見守っていたい気持ちになる。

あじさいはユキノシタ科の落葉低木。
海岸に自生するガクアジサイから日本で改良された園芸品種。
半日陰で湿り気のある用土を好み、土の酸度によって花の色が変更する。酸性土では青味がかり、アルカリ土では赤味が強くなる。咲き始めから落下まで花色が変化することから『七変化』とも呼ばれている。
移りゆく変わりゆく様は感動的だろう。
花の変化をみかけたら又お伝えしますね。
藍染めは藍の発酵具合で、同じ回数染めても毎回染まり具合が違う。
同じ濃さに染めるのも、薄い液から徐々に濃い液へと、薄い色から多くの回数を染めたほうが、いきなり濃い液で染めたものよりも手間はかかるが、色に深みが出て色落ちしにくいという利点がある。
藍甕も普通どこの工房にも8〜12の甕があり、濃度の低いものから高いものへと順に並んでいる。
薄い濃度の藍甕から順に綿糸を浸し、引き上げたら棒で絞り、絞っては叩き台で叩く。
液から引き上げた綿糸はどす黒い色をしているが、絞ってから棒を緩めた瞬間、一瞬にして色が美しい藍色に変化する。


叩き台で叩くのは、空気に触れさせて染まりやすくするためだ。

括り糸の場合も、同様に叩くことによって、糸が膨れて染まりやすくなる。
1回、2回、と丁寧に労力を惜しまず染め上げられた糸はどれも奥行きのある藍色。

重要無形文化財になると40回近くも染める。
ここのところ、ほぼ毎日、お弁当を作ります。
ちゃんと作ろう!というきっかけになったのが曲げわっぱのお弁当箱。

あまり大きくないこの箱は本当は2段なのですがそんなに沢山のおかずは作れずにいつも1段だけで使っています。
楕円のカーブもとてもきれいだし、ふたのふっくらした感じも好きなんですよねー。
眠たい朝でも、お弁当を作るのがんばれるんです!なんていいすぎかな。。
たまたま出かけた先で出会ったこのお弁当箱。
人との出会いと同じ様に、大事にできる“もの”との出会いも一期一会。
そんなひとつひとつの出会いを大事にできると良いなぁと思います。
手作りのガラスが好きで、沖縄・倉敷・メキシコ・スペイン・イランなど様々な国、様々な作り手の物を使っている。
毎日の生活には絶対欠かすことのできないガラス。また、友人達を招いて色とりどりのガラスを使い、ロック・水割り・お湯割りと焼酎のボトルもどんどん空にしていく魔力を持ったガラス。

そんな訳で、日本の吹きガラスには欠かすことのできない小谷真三さんにお会いしてきました。
はじめは、僕は仕事中は話ができないからと言っていたにも関わらず、1時間以上も仕事をはじめた経緯から様々な事を教えていただく中で、ものづくりを超えた人間性が先生のガラスに出ていると感じた。


吹きガラスは10人以上の流れ作業が当たり前の時代、1人で仕事がしやすいように工夫された先生の仕事場。
70年代には1人で吹くスタイルのスタジオガラスが世界中で流行することになる。


ルツボの中で溶けたガラスを数秒にて息を吹き込み形を作る。
何もお手本が無い時代に試行錯誤を重ね生まれたガラスは、当時の倉敷民藝館館長、外村吉之介先生によって「倉敷ガラス」と名付けられた。
帰り際、仕事で使うトングでヒョイとつかみ渡された花瓶。
道端に咲く野花でも入れて使ってよと、、、。
無理はいかんよ無理はと。
倉敷ガラスより小谷真三先生のファンにさせられた。
休日の午後、城内の桜の下を通り抜け福岡市美術館へ。
クロード・モネの『睡蓮』を見に行った。
この絵が好きで、最後までひと通り見終えたら、やっぱり『睡蓮』の所に戻ってしばらくの間眺める。
キャンバスの中で最初に目につくのは左下に咲いた紫。次に葉や池の緑。この美しい2色の組み合わせを白(光)でうまく調和している。
色彩感覚というが、全体の中で占める紫の使い方が勉強になる。五感だけではなく第六感も含めた感覚、内的意識、センスの問題。
室内全体の中で一点だけ紫を使うとしたら、、、
ガラスのフラワーベースでしょうか。
それともリネンだろうか?
風や緑が鮮やかな五月に向けて、お部屋の色彩計画にさっそく取り入れたいと思います。
括りは久留米絣のたくさんの工程の中でも、主要な作業の1つだ。
先日機屋さんにお邪魔すると、外の入り口には文人の括り糸が
天火干しされていた。


「文人」とはよく剣道や柔道着に使用されるような厚地の生地を一度織り、染め上げたものを解き(左上写真のように糸が染まるとこ染まらないところがでるのでヨリ杢のような糸になる)それを括って再度織り上げるという気の遠くなるような作業がなされたものだ。


中に入ると、大きな括機が置いてあった。
とてもハイテク?には見えない機械だが、動き出すとあっという間に絣の柄に合わせた寸法で糸が括られていく。
この「括り」という工程は絣糸を作り出すもので、手括り、機械括りなどなど、色々な方法がある。
従来は「あらそう」という麻の一種の植物の表皮で手括りをしていたのだが、現在ではこのように機械を利用することが多い。
糸の縮み具合などを計算して絣模様を描いた下絵をもとに、精密に糸が括られていく。括りがゆるいと出来上がりに影響するので、機械といえども実際に人の目で確認していく。

こうして緻密に括られた糸で、ようやく次は染色にはいるのである。
私がパターンをひいた服のポケットのなかにはなにが入っているのだろうと子供服のパターンをひきながらふと思った。
すごくどうでも良いことだけど…
大人のパターンをひいてても思ったこともなかったのですが…
子供の小さな手に握られたキャンディー、そしてチョコレート。そしてそのお菓子のきれいな包み紙。
百円握り締めて買ったガチャガチャの小さなおもちゃ。
髪をとめていた沢山のピン止め。
拾った貝殻、落ち葉に花びら。
興味を持ったもの、全部つめこんで。
楽しいものがいっぱいつめこまれるポケットだったらいいなーと思います。
そう考えると、やっぱり今度のにもポケットつけよーっと。
やさしい顔をしてSOSを出しているオラウータン。

2004年ジェイソン・モネの作品。
あの印象派の巨匠クロード・モネの孫。
2004年はまだ記憶に新しいスマトラ沖地震の津波により多くの被害がでた年。
スマトラ・ボルネオ島のみ生息する固有種のオラウータンも、また大きな被害にあった。
国際NGO ワイルドライフ・コンサベーション・ソサエティ(WCS)Stephen Sautner氏のレポートによると、今後、密猟と違法な伐採が減らない限り10年以内で野生のオラウータン絶滅する恐れがあると。
自然破壊や密猟さらには津波。
人が町が津波で流される印象が強すぎてニュースでは伝えられなかったけどオラウータンも助けを求めている。
Sumatran Orangutan Society
giにカメカフェがオープンしました。
なぜカメなのとよく聞かれます。
日本では古くから、松竹梅や鶴亀・梟など縁起のいい柄として親しまれてきました。久留米かすりでもかめのモチーフなもちろん、かめの甲羅『亀甲柄』で多くの柄を織ってきました。
ちなみにgiの小さいタグの裏にもカメが織り込まれています。
カメだけに最近よく耳にするスローライフやスロー何とかを狙ってるんじゃないのと言われますが、いいえ決してそうではありません、カメのロゴをよく見ていただけたら、giのカメは海がめなのです、だからすごく早いんです、、、。
そのスピーディーで縁起のいいカメカフェはお客さまにはゆっくりとくつろいで頂けたらなあと思います。どうか気軽に遊びにいらして下さい。

今、庭の木々の新芽やカエデの緑がとても鮮やかです。
藍甕の甕は意外に大きい。
小さいものでも深さ1メートル以上はある。
写真の甕は実際に藍甕として使われているものと同じ甕。

甕を土の中に入れているのは、温度管理しやすいからで、前回「藍は生き物」と言ったように、藍は気温20℃以下になると菌が弱るため、寒くなると甕と甕の間にある火床で燃料をたき、常時20℃前後になるように管理しなければならない。
このため気温10℃をきると、火床に燃料をつけ、毎日温め続ける。燃料は籾殻やおがくずだったり、電気ストーブだったりと色々。

だいたい10月頃から火を入れるが、温まってくると、蓋の隙間から蒸気が出てきてなんともほのぼのとした感がある。
この2〜3日の雨で、ずいぶん散ってしまったのでこの題名で書くのも時期がずれてしまったかなとも思うのですが、通勤途中にまだ残っている桜をみながら高校時代に国語の教科書にのってた桜染のことを思いだしたので…
それは草木染めの作家の方のエッセイだったのですが、毎年桜の時期につくる桜の染め物について書いてありました。
もうずいぶん昔に読んだので確かな記憶ではないのですが桜で染めものをする時、使うのは花びらではなく、木の部分を使うというものでした。
桜の花が咲き始める寸前に木の皮をはいでその部分を使うと桜色に染まるというのです。
科学的なことはわからないですが、花びらへ運ばれるエネルギーのようなものがそこにはつまってるのだなーとひどく感動した記憶があります。
商品開発する上で天然染料に触れることがあるのですが、たとえばザクロなんてあんな真っ赤な実なのに、とても想像もできない黄色に染まるんですよ!

植物の神秘、底力みたいなものに頭がくらくらしてしまいます。
桜の花を愛でながら自然の力にはかなわないなと思いめぐらせているのでした。
沖縄の守神シーサー。
いろんな形のシーサーがありますが、山田真萬(沖縄伝統的焼物作家)さんのご自宅前の印象的なシーサー。

あまりに気になったので真萬さんにお話を伺いました。
約40年ぐらい前はまだ、壷屋や首里城あたりの市街地で登り窯を焚いていた時代に、写真のシーサーそっくり?の人物が焼かれたそうです。
その後は煙の問題などで壷屋で登り窯が焚けず、35年前に故・金城次郎さんをはじめその一門が、現在の読谷村やちむんの里に移転。

赤瓦がきれいな、やちむんの里の南窯。
話はそれたけど、、、で誰が焼かれたんですか?
シーサーそっくりの人。
むかしの人は、生活に必要な大物の壷や食器やシーサーなんでも焼いてたよ、、、。
で、、、。 シーサーそっくりの人。
なんでだろう?
これ、鍋しきなんです。

このグネグネした形はどこから来たのか?思わず手に取りたくなる温もりのある素材感。そして、テーブルの上にポンと置きっぱなしでも大きな模様のあるテキスタイルのようで楽しいし、普段使わない時は壁に掛けてオブジェにする。
道具を出して使って又片付けてといった一連のキッチンでの仕事の考え方が変わってくる。
何の形なんだろう。どんな人が造ったのだろう、と自分でも想像してみた。
ずーっと昔、ちょっとの間、フランスにいた頃ノルウェーの友人リンダとよく一緒に過ごした事を思い出した。
リンダはノルウェーやスカンジナビアの一般的な夏休みの過ごし方をよく話してくれた。
日照時間の長い夏は舟の中でほとんど過ごす。お父さんも、お母さんも一緒に。朝からお母さんの手作りのヨーグルトをたっぷり食べる。それが最高に美味しいと。
一日中過ごす舟の窓から見えるのはなんだろう。港の入江か山だろうと勝手に思った瞬間、このデザインが港の入江のようにみえた。なるほど、わかった!と思ったが違った。
答は湖。
フィンランドの建築家、ヤニ・マルティカイネンのデザイン。
同国の建築家、アルバ・アアルトの生誕百年を記念して1998年に行われたデザインコンペに出展されたもの。
アアルトが1937年のパリ万博に出展した有名なガラスの花瓶は、美しいフィンランドの湖をモチーフにデザインされたが、ヤニはアアルトへのオマージュとして在学中にデザインしたそうです。
アアルトのガラスの花瓶、ヤニの白木のポットスタンドどちらも美しい自然を想わせます。北欧では白樺は、明るい陽を浴びて育つ柔らかくてしなやかな性質から、喜びの木と呼ばれているそうです。
久留米絣の生命は一に藍の発酵建ての染色にあるといわれる。
藍は現在日本では四国と北海道で栽培されている。
「藍は生き物」とよく言われるように、気温や菌の発酵具合などにも左右されやすく菌が死なないように耐えず神経を使い、管理が大変。
藍を舌にのせた時に少し甘味があり、チカチカした刺激を感じるぐらいが染め頃。
毎日甕の底からかき混ぜ、藍の発酵の具合は藍の色と、泡立ちでもみる。
良い状態に発酵している藍には、「藍の華」と呼ばれる、美しい上澄みができ、泡も赤みを帯びた金色の泡が立ち込める。
何度も染めると菌が弱るため、多く使用した後は飴とムチでブドウ糖を加えてやると、元気になるとか。

写真のものがその「藍の華」。
深みのある藍色のグラデーションがとても美しい。
天然の色彩の美しさには、人工的な色合いは到底敵わないものだと感動しました。
秋冬企画の為、ジーンズの町『岡山』へと行ってきました。
おだやかな晴れの日でとても気持ちのよい中、次の企画へ向け意欲のわく話をさせてもらうことができました。
今回うかがったこちらではメインでジーンズのオリジナルブランドをやっておられ、物作りの現場というかんじがひしひしと伝わってきます。
本社の横に、ジーンズミュージアムがあり、デニムへの心意気、こだわりが伝わってきます。
かわいい木造の建物の中にはジーンズの歴史や、藍、もしくはインディゴの染色方法からジーンズ用のミシンのことまでわかるようになっています。
最近、ジーンズバスなるものが走っていてこのミュージアムもコースに入っているとのこと。
それにしてもジーンズバスってなんだかすごいですよね!
かすりの表現はタテ糸とヨコ糸をそれぞれ織りたい柄にあわせて糸を括り染まらないようにし、染まらなかった白い部分を柄がずれないように織り上げる。
このため、描きたい絵を仕事が無理のいかないように削り図案化していくのがかすりの面白さでもある。
60年代のアメリカで主流だった美術運動のミニマリズム。非遠近法での空間構成やムダの排除。
かすりにも共通する部分が多く面白い。ただ、美術的視点とかすりの絵から図案への工芸的表現での違いは大きい。

上の写真は数十年前に織られたかすり。金魚があわを出している柄。
どこの機屋さんが織ったのかはまったく不明。
なにより、この金魚の絵を画いた人・図案化した人に、このかすりを見た瞬間に会いたいと感じた。
天才? テキトー? これなに? え〜、、、金魚?
でも、絶対に金魚にしか見えない。
そう、久留米はアートでいっぱいの街なんです。
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